思い出の京阪電車 |
私が鉄道を写真という形で記録をはじめて1年半、中学を卒業して、はじめて遠出の撮影旅行に出ることが出来ました。 その最初の撮影旅行が、関西の私鉄めぐりと呉線訪問だったのです。同行したカモ団員の大阪の親戚に世話になって、 関西の大手私鉄を訪問して歩きました。あの頃の関西は私鉄王国で、関東にはなかった複々線や三複線、そして 魅力的な車輌に憧れていたのです。今回UPした京阪電鉄もそのときの訪問でした。ここではなんと言っても1910系 テレビカーが憧れでした。この頃の京阪は大阪淀屋橋と京都三条を結ぶ本線と、宇治・交野支線、そして石坂線・ 京津線の構成で、まだ全線600V、鴨川沿いに走っていた京都近辺の様子が、特に印象的でした。また京阪は日本初の ○○というものも多く、わが国初の連接車(60系) ・五扉車(5000系)・平坦線での回生制動車(2000系)・TVカー(1800系) ではじめての空気バネ(1810系)・民鉄初の本格的複々 線・民鉄初のATS・そして関西大手初の通勤冷房車(2400系) など技術で日本の私鉄をリードしてきた鉄道でした。結局京阪は1968年3月、そして1971年9月の二度の訪問で、その 後は1998年に浜大津ー三条ー出町柳を乗ったにすぎません。しかしあの鴨川べり に走っていた姿、京都市電との クロス、そして独特の風情のあった京阪三条駅の姿は懐かしく思い出されます。なお、この頃はほとんどが ハーフサイズオリンパスペン使用のため、かなり見難いと思いますがご容赦ください。 |
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![]() 1968,3 京阪七条付近にて 鴨川べりを行く1100系各停。 1968,3 京阪七条付近にて 2000系各停。
1968,3 京阪七条付近にて 新1900系テレビカーの特急。これはカモ団員撮影ですが、 1968,3 京阪七条付近にて 近鉄京都線直通列車で車輌は近鉄820系。 1968,3 京阪七条付近にて 500系各停。
1968,3 京阪七条にて 500系は1926年(大正15年)本格的な半鋼製車として製造された。その後車体を
1968,3 京阪七条 鳩のマークも誇らしげな1900系特急、1963年淀屋橋乗り入れの際に新造されたが、 1968,3 京阪七条付近にて 旧1810系の1900系特急 この頃は京都市電との平面クロスがありました。 |
1968,3 京阪七条付近を行く京都市電が、鴨川の橋から京阪を交差するシーンです。
1971,9 京阪四条にて 2000系の各停、2000系は回生ブレーキ付でスーパーカーの愛称があった。 |