2016年8月1回目


思鉄世代が詰襟を着ていた頃は、首都圏でも総武本線のC57、八高線のD51・C58、

川越線に9600など、まだまだ蒸気機関車が走っておりました。そんな蒸気機関車が

走っている線区の中でも御殿場線のD52は特別の存在でございました。なんてたって

幹線用急客機で人気No1だったC62は、D52の缶にパシフィックの足回りをくっ付けて

造ったカマなのです。故に速いはC62ですが、パワーはミカドのD52がNo1なのです。

しかし、パワーの源ボイラーの太さは、当然軸重に影響してくる訳で、D52の軸重は

16t超となり、東海道・山陽本線や引退の線区となった函館本線などの幹線が、主な

活躍線区でございました。しかし、丹那トンネル開通で東海道本線からローカル線に

なってしまった御殿場線は、線路規格は本線のまんまだった為、小田急線に乗って

気軽に大型蒸気機関車を撮りに行ける線区でしたが、近代化の時勢には逆らえず

1968年6月末日で非電化運転終了、その当日走ったD52 72号機が付けていたのは

手作りが嬉しい「さようならD52」の大きなヘッドマークでした。

   千歳線 谷峨〜山北 1968-6
 Photo by 松原の親方