2021年3月第2回

国鉄時代からの車両が、減少やら消滅やらでマスコミが煽り、煽られたナクナル君が

駅で大騒ぎ、激パ嫌い適当で楽な鉄が一番のアッシなんかにゃ、理解に苦しむ近頃の

鉄な業界でございます。デジが当たり前になった昨今、形式なんて考えず取り合えず

来たらナンデモ撮っちゃうが、宜しい様ででございます。そんなコンセプトで2005年に

鉄旅した時に撮ったキハ40系の駅撮りをアップです。「はまなす」で到着した札幌から

千歳へ戻り駅撮りしたのが、石勝線経由で追分から到着するキハ40ワンマン仕様の

700番台って言うか、国鉄から引き継いだキハ40の殆どを700番台にしちゃったのが、

裏や表の事情で出来ちゃった、JR北海道の懐具合を物語っているのでございます。

千歳線 千歳 2005-8

30数年ぶりで沼ノ端に降りたアッシは、空を横切る架線、苫小牧方面に遥か彼方まで

林立架線柱ビックラでございました。その沼ノ端に到着する室蘭本線のキハ40乗って

室蘭本線 沼ノ端 2005-8

降りたのは、もし芭蕉翁が鉄だったら’追分や鉄共が夢の跡’って詠んだに違いない、

って程に寂しくなっちゃった、草生す追分でございました。2番線の767号車に乗り換え

室蘭本線 追分 2005-8

紅葉山じゃなくって新夕張に到着乗り換え、追分から乗ったキハ40は当然この駅まで、

こっから先のトンネル超えて十勝の国へ行けんなぁ、特急料金払った人だけなのです。

石勝線 新夕張 2005-8

乗り換えて着いたのは、追分の万倍寂しくなっちまった夕張。でも、片面ホームだって

列車に乗って到着出来ただけまし、今じゃ夕張線自体消滅、寂しいより虚しいのです。

夕張線 夕張 2005-8

そんな虚しも直ぐに忘れて追分から再び室蘭本線に乗って到着した岩見沢は、かつて

隆盛を極めた庫二つの面影がチョッピリ残っておりました。1番線に停車中のキハ40、

前はノーマル仕様の700番台だけど、後はその700番台にもうチョイ頑張っての願いを

込めて延命化した、1700番台トップナンバーでございます。でも何故か車体中央部が、

歪んで見えんのは、アッシだけ?そして、キハ40の背後にゃ火災消失後の仮駅舎が、

健在でございました。現在は活躍範囲が、徐々に狭まってきたキハ40、15・6年前じゃ

JR北海道のローカル列車の主力、別に大騒ぎなんてしなくたって、何時でも何処でも

ゆるりと撮れたのでございます。鉄な写真は、ヤハリ普通に運用してる時に撮るのが

宜しいのです。

函館本線 岩見沢 2005-8

 Photo by 団長

<<Prev   Page 31  Next>>